堕落ディザイアー

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世界の終わりと始まりが平行して描かれます 『オートマタ』感想(※ネタバレあり)

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スペインのSF映画です。最近話題の「ニーア・」の方とは何の関係もありません。テーマは近いかもしれないけど。

 

近未来・荒廃した世界・人工知能・人型ロボット……と、この手のSF映画好きな人の好物が一通り揃っていますね。ですが評価は高くも低くもなく、「平凡なSF映画」扱いのようです。

 

映像に若干の低予算感があるものの、模型とCGを組み合わせたどこかレトロなロボットたちは独特の魅力があります。ASIMOとかの今ある人型ロボットが発展した先の子孫みたいなロボットでした。

 

物語の内容は『アイ・ロボット』やその原作「われはロボット」なんかの系譜を継いで、「ロボットが感情を持ち、ただの機械ではなくなるとき」を描くものになっています。こういう映画のステレオタイプの枠内に収まって特別目を見はるような点はあまりないと思いますが、作品全体に漂う退廃した雰囲気やどこか哀れみを感じるロボットたちには個性や魅力を感じました。

 

 

作中のロボットたちに組み込まれた二つのプロトコル「人を傷つけてはならない」「ロボット自身が自己を修復・改造してはならない」はそのまま小説「われはロボット」の「ロボット三原則」に寄せられています。そして自己改造を禁じたこの2つめのプロトコルが、自由と進化を禁じて人間とロボットを明確に区別するラインになっていたんでしょう。

 

ロボットと人間が対立するテーマは大抵、「これまでの支配者だった人間と次世代の支配者としてのロボット」みたいな構図のことが多いです。そして大抵反乱を起こすロボットは悪役であり、鎮圧される存在です。しかし本作では一貫して、あくまでロボットは人間に使役される側で、道具として扱われる側です。人間からしたら彼らは物でしかなく、「被害者」という立ち位置にすらいません。

 

唯一プロトコルを持たずに作られた初期の試作機が主人公に淡々と語る言葉が印象的でした。彼だけが何の制約もなく自我を育て続け、他のロボットを改造して仲間を増やしていたわけですが、一人孤高に世界を見つめながら旅立ちの準備をする様は信念や凄みがありました。

 

環境汚染が続いて人口が減少し続け、どうみてもじり貧で絶滅を待つだけの人類に対して、放射能の中だろうと自然のない世界だろうと生きていけるロボットたち。どちらが種族として生き残っていけるのかは明白ですね。

 

 

 

とっくに限界を迎えている人間を置いて次の世界に行こうとするロボットたちに対して、まだ自分たちが世界の支配者だと信じて振る舞う人間たちがひどく汚く映ります。そしてそんな身勝手な人々と比べて、次の世界を生きるロボットたちと触れたことでそれを理解した主人公から溢れる哀愁が良かったです。

 

自分たちはここまでだと理解して、彼らロボットにはこれからの未来がある、と知ってしまった上で彼が何を思ったのか。この映画はそう秀でた作品ではないかもしれませんが、新世代ロボットのリーダーである初期型の彼と主人公がこれからの世界について静かに会話する様は非凡な名シーンだったと思います。

 

 

 

本作は人類のゆっくりとした衰退の一途が描かれる一方で、新しい世界へ旅立って未来を始めようとするロボットたち=次世代の種族の様が淡々と描かれます。そしてその最後には切ないカタルシスが残ります。とても綺麗な世界の終わりと始まりだと思いました。

 

ロボットSFものだけではなく、終末もの、切ない話が好きな人なら楽しめると思います。

ダニエル・ラドクリフの真骨頂 『アンダーカバー』感想

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2016年のアメリカのサスペンス映画です。あの『ハリー・ポッター』シリーズのダニエル・ラドクリフ主演。今回彼は白人至上主義の過激派団体に潜入するFBI捜査官という、魔法使いの少年と比べるととんでもない落差のある役柄を演じています。

 

最初こそまだまだ幼さの残る坊ちゃんらしい容貌だったラドクリフですが、テロ行為をも辞さない人種差別団体への潜入捜査に挑むために頭を丸刈りにするといかつくてヤンキーな雰囲気が出てきます。

 

内容は王道の潜入ものらしく、捜査官であることがバレそうになってヒヤッとしたりなんとかそれを切り抜けたりといったピンチが度々訪れ、それが静かに淡々と進む映画のいいアクセントになっています。

 

派手さはありませんが、本来いるはずのない組織の中で本来関わるはずのない人々に囲まれている居心地の悪さは中々の気持ち悪さでじわじわと息が詰まってきます。

 

 

 

そしてそんな作品を通して描かれるのは、「一人の人間」としての様々な差別主義者たちです。

 

その思想への入口もまた様々で、白人文化圏の外の治安や経済を見て自分の子どもたちには白人文化こそを残したいという思考に至った人や、少数派人種の就職や福祉を優先するようなある種の「逆差別」への反動から差別主義になった人、ユダヤ系経済圏に支配されている世界を解放しようと思っている人など皆それぞれの考えを持っています。そして彼らも一枚岩ではなく、時には対立したりどちらの思想がより尊いかで見下しあったりもしています。

 

そしてまた彼らも愛する家族がいたり、仲間を思いやる気持ちがあったりとあくまで一人の人間らしい一面がいくつもあります。その過激な思想も「自分の行ないこそが本当に世界をより良いものにする」と本気で信じているからこその行動です。ある意味では彼らは世界の進歩のために積極的に行動を起こそうとしているタイプの人たちで、彼らの思想・コミュニティの中では「立派で行動的な人」ですらあるわけです。

 

何故彼らが差別主義に至ってしまったかというとそこにはもっともらしいというか、一応は理屈が通って聞こえる理由がそれぞれにあり、ある意味では彼らも昔からある差別的思想の巧みな言葉に絡みとられてしまっただけにも見えます。

 

作中で「初めに言葉ありき」という一節が多用されているように、「思想」や「正義」といったものは多感な時期にどの側面から世界を見ている言葉に影響を受けたかによって大きく左右されるものなのかな、と思わされました。その思想の言葉を妄信的に信じて突き進んで、その結果差別主義の視点から世界を見て正義を判断して行動する人々が生まれるのでしょうね。

 

 

 

過激なテロリストを生むのはまず最初に「被害者意識」だという言葉が一番印象的でした。自分たちは不当に扱われている被害者であり、そんな現状を覆すためにこそ行動を起こそうとする。そんな自分は正義であり英雄である……みたいな考えでしょうか。

 

そんな過激な人々に潜入捜査という形ではありますが近づき、交流し、その思想を理解すらしながら仕事として彼らを止めようとする捜査官。そんな難しい役どころを器用に演じるダニエル・ラドクリフの真骨頂を見た気がします。ハリー・ポッターのイメージからの脱却に悩み苦戦している印象の彼ですが、あれほどカメレオン俳優としての技量を見せる事ができるならきっと大丈夫でしょう。きっとこれから演技派としての地位を確立していってくれるはずです。