堕落ディザイアー

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数の力に押しつぶされる小学1年生

あれは小学1年生の頃のことでした。

 

小学校でのプリント配布といえば、最前列の子にその列の人数分プリントが渡され、「後ろに回して」と渡っていく方法がメジャーでしょう。そして回収時は後ろから「前に回して」とまた集めていくか、最後列の子が立って回収しつつ前まで持ってくる、というやり方が一般的なのではないでしょうか。先生によってやり方も違うでしょう。

 

僕が1年生の頃の先生は「最後列の子が回収しながら前まで持ってくる」形式をとる人でした。宿題プリントや保護者に書いてもらう何やかんやの手続きの紙、そしてテスト用紙も同じ形式でした。テスト用紙とはいえ小学1年生ですから「たかしくんは りんごを3つかいました。 りんごは ひとつ150えんです。 たかしくんは ぜんぶで いくら おかねをはらいましたか?」レベルのものですが。

 

そんなテスト用紙の回収が行われていた初夏のある日事件は起きました。僕はその時クラスの左から3番目の列の最後尾で、立ってその列の子達のテスト用紙を回収しながら前へ向かいます。誕生日もまだ迎えておらず当時まだ6歳の僕は幼いながらに用紙の裏表、上下の向きを揃えた方が先生も見やすかろうと頭を働かせて、一枚一枚向きを確認しながら手元に重ねていっていました。

 

そして最前列から一つ後ろくらいの女の子のテスト用紙の向きを確認していた際、それを見ていた一人の男子が叫びました。

 

 

「ああ~晨くん〇〇ちゃんのテスト見たああああ~~!!!」

 

 

何故とっくに鉛筆も置いて自分の席から遠く離れた位置で〇〇ちゃんのテスト用紙を見たことでそんなに騒がなければいけないのか。そんなこと考える知能は当時のその男子にはなかったんでしょう。用紙の向きを揃えるという発想も知恵もそのガキにはなかったんでしょう。

 

そしてそれを聞いた教室内の他の6~7歳児たちは犯行現場を見たわけでもなく事情もよく分からないまま、群れの1匹が吠えたら合わせて鳴き出す動物のように「「晨くんがテスト見た~見た~」」と大合唱を始めます。言葉を話せるようになってまだ5年そこらの6歳の僕にこの群集を前に理論的に反論するボキャブラリーも精神的余裕もなく、泣きながら「見てない!見てない!」と訴えることしかできません。当然その声は晨くんがテスト見たコールの津波に押し流されて皆の耳には届きません。

 

しまいには巻き込まれて勝手に話題にされた〇〇ちゃんが泣きだす始末。傍から見れば僕が完全に悪者の構図です。

 

 

とどめには、事の発端をちゃんと見ていたのかも定かではないジジイ教師がとりあえずのように一言、

 

 

「コラぁ!!何ひとのテスト見てんだぁ!!」

 

 

 

 

 

クラスメイトたちのちびっ子故の考えの足りなさと教師のちょっとした確認不足が重なった結果の、まあ今思えばどうしようもなかったよね運が悪かったよね、という事件です。が、まだ幼い上に当時から甘ったれで繊細で脆弱だった僕の心にはこの一件で深い深い傷が刻まれました。そのおかげかこの一件はこうやって書いてみてもすらすら詳細が浮かぶほどやたら鮮明に覚えています。

 

 

初対面の人間はすべからく仮想敵として警戒し憎み疑わしきは憎み大人を憎み社会を憎み全方位に逆恨みをしている捻くれた人間に育ってしまった僕ですが、この「冤罪カンニング公開リンチ事件」は僕のこの歪んだ性格を形成するたくさんの原因の一つに間違いなくなっている事例だと思います。多少の理不尽は心を強く成長させるために効果的かもしれませんが、この一撃は少し威力が強すぎたように思えます。

 

 

だからどうという話ではなく、ただそんなことがそういえばあったなと思い出して書き綴ってみました。

 

以上です。