堕落ディザイアー

ずっと家でゴロゴロしながら映画を観ていたい

夢から覚めるとき 『ソラニン』感想

ソラニン

 

今さらながら映画『ソラニン』をやっと観ました。バンドものなのになんで今まで観てなかったんだろう。

 

とにかく感情移入しまくってしまってやたらめったらに心臓に刺さってくる映画でした。

 

一般的なバンドもの映画とはだいぶ雰囲気が違いました。音楽メインというよりは、学生と大人の狭間にいる若者たちの苦悩や前進がメインテーマだったかな。人生に悩む主人公たちの葛藤がえらく生々しくて心にきます。

 

 

 

冒頭から流れる主人公の芽衣子(宮崎あおい)や種田(高良健吾)たちの大学生時代の風景がリアルでした。軽音サークルのあの少し独特の空気感の再現度が凄い。ほんの数ヶ月前まで大学の軽音サークルが自分の生活の中心だったから余計そう感じられたんでしょうか。

 

そこから大学生活を終えてもいまいち大人になりきれない主人公たちの人生が描かれるんですが、それがあまりにも自分に似過ぎていてビビるくらいの衝撃を個人的に受けました。

 

フリーターをしながらバンドを続け、「自分は何にもなれない普通の人間なのか、もうそれを認めないといけない時期にいるのではないか」と悩む種田にはもちろんのこと、自分を見失いそうになって「仕事辞めちゃった」と思い切る芽衣子にまで自分を重ねて見てしまいます。狙い澄ましたように自分に刺さってきます。

 

 

 

観ているときはバンド活動も停滞させながら中々行動に踏み切らない煮え切らない種田に少しイライラする場面もありましたが、今思い返すとそんな種田の気持ちも理解できます。夢を追って音楽をして、ライブをしたり音源を作ったり積極的に活動をして、それでもし上手くいかなかったら「はい残念おしまい」って全て終わってしまう、それが怖かったんだよね。

 

自分にとってはとても大きな情熱や覚悟をもってやっていたこと、自分の人生そのものが、夢破れた瞬間から何の意味もなくなってしまうように思えたからこそ種田は悩んで立ち止まっていたんだと思います。もしそうなったらそれは自分という存在の全否定に等しい恐怖でしょう。

 

種田の周りの人々もそれぞれの苦悩が見えて皆感情移入できるキャラでした。いつまでも大学時代を引きずってずるずると留年を繰り返したり、家業を継いだものの現実の中で中途半端に宙に浮いてしまったように無気力に店先に立つ毎日を送っていたり。芽衣子も社会の中で居場所を見つけられないからこそ仕事を辞めてしまったんでしょう。

 

やっと勇気を出して前を向こうとしていた矢先に事故で死んでしまった種田。その死の直後は芽衣子や種田のバンドメンバーが現状に更に縛りつけられてしまったように見えました。「種田の死」という鎖を乗り越えるために映画ラストでのライブが必要だったんでしょう。曲「ソラニン」のメッセージが最大限に心に響きました。

 

最後のライブはまるで彼らが夢から覚めて大人になるための儀式のようでした。

 

 

 

 同じように仕事を辞めてしまったり音楽活動をやってる身としてはとても無心では観れない映画でした。それどころか冒頭からエンディングまで一瞬の隙もなく息が詰まるような話でした。序盤でメンタルをボコボコに打ち砕かれましたが「これは自分は最後まで観ないといけない映画だ」と思って心を揺らがせながら観終えました。

 

大学生と社会人の狭間のような世界にいるからこその焦燥感を具現化したような物語でした。定期的に観てこの焦燥感を補充していきたいです。

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